知のフロンティア

「知のフロンティア: 北海道大学の研究者は、いま 第1号」の記事を転載します。
抜粋 第1号(平成22年10月発行)pp. 074-075

フィールドワークで途上国の子どもの安全・健康・幸福に貢献する

何を目指しているのですか?

大学院生たちとともに、アジア、オセアニア、アフリカのローカルな地域社会でフィールドワークを行い、地域住民のライフスタイルと健康について調査しています。国際機関やシンクタンクなどが行っているマクロな上から目線のアプローチとは異なり、ミクロな地域社会において、地に足のついた住民の目線に立ったフィールドワークを行っています。伝統社会および途上国の農村・漁村部においては、栄養欠乏、子どもの成長不良などが問題となっています。しかし、一方で都市部においては肥満や生活習慣病が急速に顕在化しています。途上国が抱える矛盾した健康問題に対して、現地フィールドワークによるボトムアップの手法を用いて問題点の抽出、現状分析、問題解決・緩和方策の策定を目指しています。

写真1. ソロモン諸島の子どもたち
写真2. カメルーンの子どもたち
写真3. インドネシアの子どもたち

どんな場所でどんな調査研究をしているのですか?

1993年のパプアニューギニア高地に始まり、海外フィールドは10ヶ国・地域を超えています。現在は研究室の大学院生たちとアジア(インドネシア)、オセアニア(ソロモン諸島)、アフリカ(ザンピア、カメルーン)の4ヶ国において、国内外の様々な研究機関と協力して以下のプロジェクトを行っています(図1)。以下、簡単に紹介します。

  1. 狩猟採集民のライフスタイルと健康(カメルーン)
    現在、世界にごく僅かしか残っていない狩猟採集社会(ピグミー系狩猟採集民)のライフスタイルと健康を調査しています。自然と共生して暮らしている人々から多くのことを学び、現代さらには将来の人類の健康に寄与したいと考えています。
  2. サブサハラアフリカにおける気候変動と地域住民の栄養と健康(ザンビア)
    土壌学、農学、経済学、地理学、気象学、文化人類学など40人を超える異分野の研究者とともに、気候変動が地域社会・住民に及ぼす影響について、体格、栄養状態、成長の側面から縦断的研究を行っています。
  3. 民族紛争後の社会復興期における地域住民の健康、マラリア罹患(ソロモン諸島)
    太平洋に浮かぶ小さな島国も急速な経済発展、近代化の渦中にあります。2000年に首都で起きた民族紛争によってその流れが中断され、以前の自給自足的な農耕・漁労へ戻りました。治安快復後は再び近代化が加速的に進行しています。紛争前後のデータを比較することにより、地域住民への健康影響を明らかにします。
  4. 農村と都市の学童の体格とフィットネス(インドネシア)
    経済発展にともない急激に都市化が進行する中で、農村では依然として(年齢に対する)低体重や低身長が問題となっています。その一方、都市の子どもたちは肥満化し、同時に体力水準が低いことが判明しました。先進国よりも深刻な状況にある途上国都市部の子どもの肥満・体力低下の予防・緩和方策を現地の研究者とともに考えています。
図1. 国内連携機関と海外カウンターパート
写真4. ザンビアの子どもたち

次に何を目指しますか?

毎年10月の体育の日が近づくと、子どもの体力低下の話題がテレビや紙面をにぎわします。ご存じのように日本の子どもの体力は年々低下傾向にあります。子どもの体力低下は肥満化傾向と相まって、日本のみならず世界の先進国、さらに途上国都市部に共通した健康問題になっています。しかし、途上国農村部や自給自足的暮らしを営む伝統社会といった自然に強く依存した社会に生きる子どもたちの身体と体力には、先進国や途上国都市部の子どもにみられる異変は認められません。たとえば、狩猟採集民の子どもたちは、森での遊びをとおして生き抜くための智恵や技術を学んでいます。

子どもの肥満と体力低下の原因は明らかです。それは、栄養過多、バランスの悪さ、質の低下といった食事の問題と、遊びの質の変化、遊び場や時間の減少による運動量の減少の(悪い意味での)相乗作用です。しかし、原因が分かっていても肥満化と体力低下の傾向は止まりません。それは、生活環境や生活習慣を大きく変えることは非常に困難だからです。ライフスタイル改善を直接的に求める従来の方法論とは異なる視点からのアブローチ・緩和方策の確立を目指しています。

海外フィールド体験は、若者の物の見方、人生観を変えるだけの大きなインパクトがあります。多くの学生に異文化でのフィールドワークのおもしろさ、素晴らしさを体験してもらいたいです。