サニテーションの意識を変える!-大学院生と途上国の子どもたちでサニテーションの未来を共創する-

保健科学研究院 山内太郎

山内 太郎 YAMAUCHI Taro

保健科学研究院 教授

プロフィール

1993年に東京大学医学部保健学科を卒業。1998年東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻博士課程を修了し、オーストラリア国立大学太平洋アジア研究学院・滞在研究員を経て、東京大学大学院医学系研究科にて助手を務める。2007年より北海道大学大学院保健科学研究院で准教授を務め、2013年より現職。

子どもたちの未来のために!
問題解決のために奔走する山内先生の挑戦

長年、開発途上国で地域に暮らす人々のライフスタイルと健康の研究をしてきた山内先生が最近取り組んでいるのは人間の排泄、排泄物の処理システムについて。今回は途上国の都市スラムのトイレ問題を解決するために、地域住民のサニテーション(衛生管理)の意識・行動を変える取組みに挑戦します。山内先生にお話を伺ってきました。

子どもたちの主体的な活動が地域を変える


元気いっぱいの子どもたち。彼らが地域を変える鍵を握っています。

今回は、開発途上国の都市スラムの「サニテーション」の問題解決に挑みます。「サニテーション」とは衛生施設や衛生管理に関する広い意味を持つ用語です。その中でも私たちは排泄、トイレの問題をテーマにしています。
途上国の農村では、トイレがなく野外排泄を行っている人々が何億人もいます。都市スラムにおいても家にトイレが無いことは珍しくなく、人口が密集しているため、トイレの問題は居住環境の悪化や住民の健康問題に直接的につながってしまいます。しかし、いくら援助などの外部資金によってトイレを導入しても、彼らの習慣や価値観に沿っていなければ、また維持管理の仕組みがなければ持続的可能な問題解決にはなりえません。地域住民、特に下痢や感染症のリスクが高い乳幼児の健康を守るために、どうすればサニテーションのシステムをうまく導入できるのか、どうすれば人々の衛生意識が変わり、行動を変えることができるのか。そのような問題を解決したいと考えました。
調査方法として、私たちは現地の子どもに着目しています。例えば、子どもたちが家庭のトイレや石鹸の有無などを調べたり、保護者にトイレや衛生に関するインタビューをしたり、地域を歩いてサニテーションに関係する地図を作ったり。このようなフィールドワークやグループやクラスでの話し合いを踏まえて、成果を子どもたちが保護者や地域の人々の前で発表します。これは「アクション・リサーチ」という手法で、研究者ではなく地域の子どもたちが自ら現地調査を行い、その成果を地域社会に還元していくやり方です。このような子どもたちの調査を北大の大学院生、共同研究者、学校の先生がサポートしていきます。

フィールドワークでの経験を社会に還元したい

これまでの調査研究において、フィールドに長期間滞在し、そこに暮らす人々の目線で健康問題を考えてきました。かつては、科学者のあり方として客観的で緻密なデータを集め、分析して学術論文にまとめることが大切で、研究者が自ら地域社会の問題解決に介入していくのはちょっと違うのではないかと思っていました。彼らのコミュニティには何百年、何千年と培ってきた知恵や慣習があります。外部の人間が行動を起こすのは、おこがましいという気持ちがありました。
しかし、現地フィールド調査から一歩引いた立場で大学院生を指導する立場になると、「フィールド研究者として、現地の人たちのためにもっとできることがあるのではないか」と考えるようになりました。途上国では乳幼児の死亡率も高いですし、実際に調査中に下痢をしている赤ちゃんをよく見かけます。目の前に健康が損なわれていく人たちがいるわけですから、問題を発見して論文を書いて終わりではなく、研究成果を社会に還元する問題解決型のフィールド研究に取り組みたい。そのように考え方が徐々に変化してきました。 私たちが地域の人々のためにできることとは、長くフィールドワークをしてきた技術と経験を活かし、彼らの価値観を理解すること。その上で、「地域の人々に寄り添うサニテーション」とはどういうものなのか、どのような仕組みがよいのか、現地の人たちと一緒に汗をかいて探していきたいです。

コツコツ地道で着実なボトムアップが大事

地域の人々が衛生やトイレの重要性を自覚して、強制ではなく自発的に行動が変わっていかなければ、サニテーションに関する問題は解決できません。大切なのはボトムアップ。土台から着実に変化を積み上げていくことが大事です。
私たちが取り組む子どもの「アクション・リサーチ」は、子どもたちが自ら調査・分析・議論・発表することを通じて、子ども達のみならず周囲の大人たちの意識も変えていくという地道な方法なので、成果が現れるまでに時間がかかります。また、期待したような成果が得られるかどうかも未知数です。しかし、少なくともアクション・リサーチの主役となる子どもたちの意識は変わります。夢物語と思われるかもしれませんが、コツコツと地道に活動を続けることで、子どもから大人、そして地域社会が変わっていくことを目指しています。
一つのプロジェクトの期間を5年とすると、第2期プロジェクトが終わると10年になります。はじめのプロジェクトに参加した10歳の子どもは20歳になっています。大人になった子どもたちの中から、運営スタッフが現れてくると期待しています。自分が経験したことを次の世代の子どもたちに伝えて世代継承していけば、地域のサニテーションを主体的に考える大人がだんだん増えていくことになります。こうして地域のサニテーションの問題は時間をかけて解決できるのです。

世界の子どもたちをつないで世界を変える


私たちの新しい挑戦への応援を、どうぞよろしくお願いいたします。

この研究は、「地域を調査する子どもたちを、本学の大学院生が調査する」という、入れ子のような構造になっています。これまでとは違った新しい研究のスタイルになりますので、従来的な科学研究費や補助金の枠組みにはあてはまりません。
現在、アフリカのザンビア、インドネシア、北海道の石狩地方の3ヶ所での調査を検討しています。ですので、寄附の使い道は、現地へ渡るための渡航費や、期間中に大学院生が生活するための滞在費に使います。また、子どもたちが調査で使用する備品や、発表会での機材の購入などにも充てたいと思います。
そして、せっかく世界3ヶ国で調査を実施するので、子どもたち同士の化学変化を起こしたいと思っています。具体的にはSkypeなどのサービスを使って子どもたち同士をつなげ、たがいの調査結果を発表することを考えています。同じ途上国であっても宗教や文化も生活スタイルも違いますし、そこにさらに日本の子どもたちも加わると互いに刺激を受けるのではないかと思います。
今後は撮影隊も組織して、子どもたちがアクション・リサーチをしている様子や、発表会の映像も撮りたいですね。映像を編集して、何ヵ国語かで字幕を付ければ、世界の人が見てくれて、想定していない広がりもあると思います。
この研究は、まさに前例のない挑戦です。私たちの挑戦を見守っていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

先生のプライベート

子どもの頃はどのようなことに興味を持っていましたか?
宇宙と人間に興味がありました。人間の集団が造る社会、そして同時に個体としての人の身体機能に関心を持っていたかなと思います。今の仕事ともつながっているように思えます。
学校ではどのような科目が得意でしたか?
国語と社会が好きでしたね。大学では理系に進みましたが、本質的なところは文系の人間なのかもしれませんね。
学生や若い研究者を指導する際に何を心がけていますか?
現地の生活に深く入り込んで調査を行うので、地域の人々とのコミュニケーションが大切です。国や大学の調査許可書があるからといって簡単に調査できるわけではありません。また日本から途上国に調査に行くという構造上、どうしても「上から目線」的になることがあります。常に「現場から学ばせていただいている」という姿勢が大切です。現地の人々と家族のような人間関係が作れると良いですね。ただ、調査には客観性が必要なので、「熱い心」と同時に「冷静な頭」でなければなりません。
休日はどのようにリフレッシュをしていますか?
子どもの頃から音楽が好きです。演奏したり曲を作ったりしていました。休日はギターを弾いたりプールで泳いだりしてリフレッシュしています。